どうしてもこの目で故郷を見ておきたいと思い、9月の連休の1日だけ南相馬市に行ってきました。(借りたガイガーカウンター片手に)
友人が二本松で降りて抜けていったほうがよいといったので、二本松で降りで向かったら道に迷い浪江町の避難地域のところまで行ってしまいました。
(ここで3マイクロシーベルトくらい)
ここから山を越え飯館村に向かいましたが、山道でガイガーカウンター、振り切りました。(9.99までしか計れないため)
でも飯館村の町のところは2マイクロシーベルト台でした。
この辺の田畑は人の手を入れられなかったため、残念ながら荒地になっていました。
迷いながらなんとか南相馬市に入りましたが、数年ぶりに来たため街の様子が違いちょっとピンとこなかったですね。(懐かしいという感じも微妙になく…)
とりあえず誰も通っていないとされる母校(原町高校)
街中をぬけ渋左方面へ向かう。
連休中ということもあり車も思ったより多く街は想像よりも活気がありました。
渋左方面に行くとみごとに何もなく…。
点在していた家屋はほとんどなくなり、その瓦礫もきれいになくなっていました。
このあたりは元々田園地帯なので、建物をもとに戻したり再開発をするといった「復興」とはちょっと違い、「復帰」されるべき地域です。
塩害や原発問題を抱え「復帰」するのは時間が掛かりそうだと感じました。
その後鹿島方面へ抜け仙台方面より高速で帰ってきました。
ちなみに南相馬市の放射線量は東京より気持ち高いくらいでした。(小高区は行ってないのでわかりません)
時間がなかったため誰とも会うこともなく通り過ぎただけといった感じです。すいません。